では、子どもたちにはその義務がないのです。しかし、彼らにつまずきを与えないために、…わたしとあなたとの分として納めなさい【マタイ17:26-27】
神は、御子が宮の納入金を納めなければならないとされたことはありません。神の御子である主は、このことに関して、何ひとつする必要はなかったのです。確かに、主にとってそうすることは、ご自身を、『ほかの人たち(25節)』と同じ、間違った立場におくことだと、人は感じるかもしれません。では、なぜ主はそうされたのでしょう?『彼らにつまずきを与えないために』です。
あなたも、まさに神の御子であるこの方から、同じ言葉を投げかけられたことはありませんか?どんな時も、主が、義務を果たさなかったことがあるかと言う点については、疑問の余地はないでしょう。しかし、問題はそこではありません。大切なのは、むしろ、主が自分の特権をお捨てになったことです。これが、十字架の道であり、その原理は意義深く、綿密に組み立てられたものです。キリストの十字架はこのようなかたちで、神の御心を現してくれます。すなわち、主のように、私たちも自分を喜ばせようとはしないことが大切です。他の者たちが心に傷を受けることがないためです。
ウォッチマン・ニー、『よろこびあふれる心』
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