2015年11月14日

11月14日

ヤコブは彼らを見たとき、「ここは神の陣営だ。」と言って、その所の名をマハナイムと呼んだ【創世記32:2】

神の天使を垣間見ただけで、ヤコブにカナンへの帰還を確信させるには十分だったはずです。しかし、この後に来る数節を見ると、ヤコブは兄に対する恐怖に負けて、自分の民と持てるものを『二つの宿営』に分けてしまったことが分かります。ヘブライ語では同じ言葉、マハナイムは、二つの陣営をさしています。ヤコブが以前、使った言葉です。しかし、今や、ヤコブは自分自身のマハナイムを、神のものと代えました。それは、『二つの陣営』、すなわち、神の宿営と、この世の宿営がかつてあったところでしたが、ヤコブは、神の宿営を忘れ、彼のものであるこの世の宿営を二つに分けたのです。そして、彼は初めての本当の祈りを捧げました。

かつてのヤコブは、悪巧みと損得勘定ばかりしていて、人生に祈りはありませんでした。それが今ではたくらみと祈りとなりました。しかし。祈れば、何かをたくらむ必要はないのです。たくらみをするなら、祈りには意味はなくなります。しかし、ヤコブはその両方を行ったのです。片方においては神を信じ、他方では、自分で働きました。幸いなことに、その夜、神が彼の前に現れたのでした。

ウォッチマン・ニー、『よろこびあふれる心』

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