2015年7月26日

7月26日

あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋にはいりなさい。そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい【マタイ6:6】

この節に出てくる『自分の奥まった部屋』は比喩的な表現です。『会堂』や『通りの四つ角』が公けの、人目に触れる場所を指しているように、『奥まった部屋』は隠れた場所のたとえです。しかし、覚えておいてください。文字通りの街角、本当の街道にいても、霊的な奥まった部屋を見つけることはできるのです。喧騒に満ちた往来でも、騒がしい部屋の中でも、隠れて祈ることはできます。なぜでしょう?あなたが神と個人的に交わることのできる場所、また、祈っていると人に知られることなく主と話せる環境なら、どこでも、奥まった部屋だからです。『戸をしめて』とは、世の思いをすべて断ち切って、神と二人だけになることを意味します。

そのような祈りこそが、信仰の実現です。そのために必要なのは、何も見えず、何も聞こえなくとも、その場にいて、あなたの祈りを気にかけてくださる父に向かって祈ることです。神は見ているだけではありません。あなたに報いてくださるのです。信じられますか?

ウォッチマン・ニー、『よろこびあふれる心』

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