しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい【使徒3:6】
この足のきかない男が、ペテロとヨハネに求めた施しの願いを、私たちが突き付けられたら、どうしていたでしょうか?その問題を祈り会で取り上げ、その困窮しきった魂のために祈ることをお互いに頼んだのではないでしょうか。使徒たちがしたことは違っていました。彼らはその男に直接、語りかけました。そこで、投げかけられたのは証しの言葉でした。
祈りには二つの要素があると考えてみてもよいでしょう。確かに、祈りは神に向けられたものです。しかし、時には、そこにある山に向かって、『動け!』という祈りもあります。霊に導かれた証し人には、目の前の困難に対処するために、時に驚くほど強い力が与えられます。それが、使徒行伝にはっきり示されています。
ウォッチマン・ニー、『よろこびあふれる心』
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