そして、再び祈ると、天は雨を降らせ、地はその実を実らせました【ヤコブ5:18】
主ははっきりとエリヤに命じて、アハブ王に会いに行かせました。地に雨を降らせようとしていたからです。しかし、エリヤが祈りを終えるまで、主はこの雨を降らせませんでした。神は、いつもその御心を一人だけで実行に移されるとは限りません。私たちが祈りによって、主とともに働くまで待たれます。実際に、エリヤはまず、それが神の御心であること、自分の働くべき時が到来したことを理解しなくてはなりませんでした。しかし、それを知っても、熱心な祈りをやめてよいことにはならず、そのおかげで雨が降り始めることとなりました。
人の祈りによって、何かが始まるという考えは誤りです。聖書は教えています。はじめに何かを望まれるのは常に神であって、その望みを人に知らせます。私たちの役割は主の御心がなんであるかを学び、主にそれを成していただくよう頼むことです。これこそが真の祈りであって、神が私たちに求めておられるものです。
ウォッチマン・ニー、『よろこびあふれる心』
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