聞く耳と、見る目とは、二つとも主が造られたもの【箴言20:12】
ああ、キリスト者の中によい聞き手は本当にわずかしかいません!聞く耳を持とうと思えば、自分の感情を徹底的に抑えなくてはいけません。私たちの耳には聞く訓練が必要です。自分が相手に伝えたいことの方がずっと大事だと思い込むあまり、人の言うことにまったく注意を払わないことは良くあります。聞いている間も、割り込んで話し手の立場を取り戻す機会を狙っているだけなのです。そのときは、相手も良い聞き手の役割を素直に受け入れるはずと決め付けています!
これは些細なことだと考えではいけません。もし私たちが聞くことを学び、相手の気持ちを思いながら聞くことがなければ、たとえ有名な説教者や聖書解説者になろうと、実生活の困難と向かい合っている人を助けることはできないのです。耳を傾ける使うことを学ぶには、口を開くことを学ぶよりずっと多くの時間が必要です。
ウォッチマン・ニー、『よろこびあふれる心』
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