『初めの愛』という表現は、時間的にな意味で最初であっただけでなく、その中身のことも言っています。放蕩息子の帰郷のたとえ話の中で、父親は『一番良い着物』を持ってこさせて、この悔い改めた息子に着せました。これは同じ言葉です。初めの愛とは、一番良い愛でもあります。
エペソのこの教会の悲劇は、一度は、自分たちの持てる最上の愛を主に捧げていたのに、後には、その献身から離れ去ってしまったことです。しかし、希望はありました。失ったものを、いつでも取り返せるとは限りませんが、進む方向を踏み違えた地点に戻る道はどんな時も、開かれているのです。主は、さまようひとりひとりが、かつて、主をもっとも愛した経験へと立ち返るように、初めの愛に戻るようにと、呼びかけておられます。
ウォッチマン・ニー、『よろこびあふれる心』
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