2015年2月14日

2月14日

こんなことがみな、私にふりかかって来るのだ【創世記42:36】

ペヌエルを出た後、ヤコブはもう神の導きを聞きたくなかったと考えるのは間違いです。彼には導きが必要であったし、導きを得たのです。リベカのうばであったデボラが死んだときから、彼にはさまざまな家族の問題が降りかかりました。彼が愛したラケルはどこかへ行ってしまいました。シメオンとレビは家名を汚しました。彼の長子、ルベンはひどい形で裏切りました。それから、ヨセフが姿を消し、ヤコブは彼が死んだに違いないと信じ込み、よみにいる愛する息子のところに下って行きたいと嘆き悲しみました。幼いベンヤミンだけが彼のもとに残されましたが、最後の宝であったこのベンヤミンも去るときがきたのです。彼には、悲しみだけが、降りかかってくるように思えました。

現実には、ヤコブは人生の最も明るい季節に入るところだったのです。彼の人生は、落ちぶれたまま終わったのではなく、ペテロ、パウロやヨハネと並ぶほどすばらしいものでした。ある意味、アブラハムやエリヤは消えていったのに対し、ヤコブは静かに、また、祝福のうちに実を結んだのでした。

ウォッチマン・ニー、『よろこびあふれる心』

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