2015年6月6日

6月6日

主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行ない、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか【ミカ6:8】

へりくだることは恵みであって、人を純粋な気持ちから動かすべきものですが、私たちキリスト者の中には、へりくだっていることを鼻にかけるあまり、心の中にある欺瞞がはっきりと現れてしまう人がいます。私たちは尽きることなく謙遜について語りますが、そこに現れるのは、パウロが『ことさらなる自己卑下(コロサイ)』と呼ぶものであって、内には隠れた動機があり、純粋な気持ちから出たものではありません。そんなものは、自尊心と呼んだ方があっています。

本当の意味でへりくだっている者はそうではありません。その人は本物です。その人は自然にふるまい、優しく語ります。主がされたように、『手ぬぐいを取り』ますが、これは、自分よりほかのものを大切にしているからです。自分を誇り過ぎることなく、人の手助けが必要な時はそれを乞います。それを見た人たちが、『あのように喜んで仕える主とはいったい誰なのだろう?』と、訊ねあうのも無理のないことです。

ウォッチマン・ニー、『よろこびあふれる心』

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