わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります。枝がぶどうの木についていなければ、枝だけでは実を結ぶことができません。同様にあなたがたも、わたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。【ヨハネ15:4】
とどまるとは、今いるところから動かないことを意味します。入ることでも、出ることでもありません。もし、まだそこにいなければ、その場にとどまるように求めることはありません。キリストは、自分から主の中に入り込むように命じていません。それは私の仕事ではなく、神のなさることです。どれだけ、努力しても、自分ではできないことです。主が私をそこに置かれました。主の命令は、外に出てしまうことのないよう、気を付けなさいと言うことです。
難しいのは、私たちには常に、外に飛び出したい言う気持ちがあり、また、サタンが休むことなく、キリストにある今の居場所からふるい落とそうと働いていることです。何かに失敗したという念に捕らわれるとき、自分はキリストの外にいると考え、主から引き離されてしまったものと思いがちです。そんな思いが胸に突き刺さるときも、神への信頼を失ってはいけません。神は私たちをキリストの中にいつも留めてくださいます。主が私たちに求めることはただひとつ、態度と言動、また信仰において、その中に留まり続けることです。
ウォッチマン・ニー、『よろこびあふれる心』
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