2015年6月19日

6月19日

天では、あなたのほかに、だれを持つことができましょう。地上では、あなたのほかに私はだれをも望みません【詩篇73:25】

心のすべてをささげて主を愛することの大切さを、どれだけ強調しても足りません。神が求めておられることはこれだけです。主は他の誰にも、他の何事にも、私たちが心を傾けることを望んでおられないのです。主のことが、心の中でもをもっとも大きな部分を占めていたとしても、まだ満足されません。主は自分をどこまでも愛することを求められます。

主は、他の何かと自分を比較することを容認できません。私たちのもてるすべてを祭壇に乗せなくてはなりません。こうしてキリスト者は霊的な力へと向かうのです。そして、いけにえが祭壇におかれるとすぐに、いや、定められた最後のいけにえが捧げられた後、天からの火が降ってきます。祭壇がなければ天からの火もありません。私たちが心でキリストの十字架を理解しても、また、それについて尽きることなく語り合っても、聖霊の力を受けることはできません。持てるすべてのものを、主への愛のために、祭壇の上に乗せることで、初めてそれが可能となります。

ウォッチマン・ニー、『よろこびあふれる心』

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