2015年6月20日

6月20日

心の一新によって自分を変えなさい【ローマ12:2】

この節は心を強調しています。神の子供が、新しいいのちと、新しい精神を受けながら、頭の中身は変わらないままでいることがあります。気持ちは愛に満ちていても、心は神から来るものに気付かずにいることもあり得ます。堕落した状態にあったとき、人はねじれた心、神と反目する心を持っていました。神はこのため、人の心を変えなければ、いのちを授けることはできません。悔い改めとは、元をただせば、『心の変化』と言うこと以外にありません。

しかし、変えられた後、精神の内側は清められても、頭の中に浮かぶ考えはまだ混乱したままということもあります。知識から生じる疑いが、解決できずに残っているかもしれません。キリスト者の心が一歩一歩変えられて行かなければ、その人のいのちは不安定なものとなってしまうはずです。いのちが、知識より大切なことは誰も否定できません。それでも、いのちにおける成長のためには、知識を求めことは不可欠であり、日々の真実の基準は神の言葉です。

ウォッチマン・ニー、『よろこびあふれる心』

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