私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください【マタイ6:11】
主がどのように、神の御名、神の御国、神の御心を求める祈り方を教えてくれるのかを理解できずに苦しみ、それから慌てて、日々の糧のことのことで思い悩んでしまう人もいます。こんなふうに、祈りの中で、崇高なることから、きわめて世俗的なことに踏み切るのは、不適切なことに見えます。しかし、私たちの主のみ言葉においては、非常によい理由があります。神の御心に自分をささげるものは強い敵意に巻き込まれること、主の御国の祈りを捧げるものは、サタンの攻撃に必ず引き込まれ、それは自分の存在すら危うくすることを、主ははっきりと知っておられたのです。
パンは人間にとって必要不可欠なものです。神の御心がこの地上で成るために立ち上がろうと思うなら、その人は生き続けなければなりません。ですから、この悪に満ちた世で神に真実であろうとするなら、その人が日々の糧を求めるのは、当たり前のことです。
ウォッチマン・ニー、『よろこびあふれる心』
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